僕は2011年1月20日(当時28歳)の時に、脳動静脈奇形破裂(AVM)による脳幹出血(延髄出血)を発症し、その2年後の2013年3月15日(当時30歳)の時に、脳血管撮影検査の合併症で、脳梗塞を発症した経験を持ちます。
脳幹出血を発症した際には、昏睡状態となり自分の力で呼吸すらできなくなってしまいました。医師からは「生存率1%と言われておりましたが、奇跡的に発症前とほとんど変わらないまでに回復することができました。
また脳血管撮影検査の合併症で脳梗塞を発症した際には、右脳の約半分近くを損傷し、失語症と右目の視力を失いましたが、こちらに関しても約1ヶ月ほどで発症前と殆ど変わらないまでに回復することができました
その他にも以下の症状を経験しましたが、そのすべてを乗り越えることができました。
嚥下障害、意識障害、左半身麻痺、左腕の痺れ、右半身の温度感覚、失語症(文字が読めない書けない)、視野欠損、斜視、視力低下、ふらつき、しゃっくり、高次脳機能障害、記憶障害、めまい、
これらの症状を乗り越えるにあたって改めて思うことは、脳卒中の克服は、患者の頑張りも大切ですが、患者を支える周りのサポート、とくに家族のサポートが非常に大切だったと言うことです。
そのため、この記事は患者を支えるご家族の方に向けての内容となっております。
この記事を最後までご覧いただければ、脳卒中を乗り越えるために家族や周りの人が、何をすれば患者の回復の手助けになるかが分かるかと思います。
一般的に脳卒中の症状は人それぞれ、後遺症の重さ、 回復度合いなども人それぞれと言われています。しかし、僕はそうは思っていません。患者自身の病気を克服するための考え方や気の持ちよう。
そして、患者が求めている家族のサポートをすることによって、必ず乗り越えることができる病だと考えております。
なぜ、こんなことが言えるのかと言いますと、僕自身どこにでもいる普通の人間だったからです。身体能力が高かった訳でもなく(むしろ平均以下)、努力という努力もしてこなかった人間だからです。
そのようなごくごく普通の人間にでも2度も奇跡と呼ばれる回復をすることができたのです。ですから、きっとあなたも僕のように乗り越えることができる!そう信じています。
僕の体験を知ることによって、たくさんの人が救われることを心より願います。
「人間には誰かのために何かを行動する時、信じられない力を出すことができる!」
僕はこの言葉を信じています。
数多くある情報の中から僕の経験に興味をもっていただいたあなたに僕の「文書」を通して「満足」してもらえますように。「謙虚」と「感謝」の気持ちを決して忘れずに。
医者は「決まり文句」しか言わない 。 落ち込まないで!
「意識が戻る可能性はほぼ無いでしょう」
「後遺症が残るでしょう」「目覚めることはないでしょう」
「麻痺が残るでしょう」「言語障害が残るでしょう」
「医師の言うことがどうも腑に落ちない」
これらは、LINEのメッセージ相談を始めてから、ほぼ毎日と言っていいほど頂くメッセージです。
しかも、脳卒中を発症した直後の医師から言われた内容なのです。
僕から言うと、あまりにも時期尚早と言いますか、今出ている症状というのは、必ずしもそのまま後遺症となるものではないし、脳の腫れがおさまってくれば状態は安定してくるだろうし、その後のリハビリによって改善させていくことは十分に可能なんで
す!
もちろん、中には要は今の状況がそのまま続く可能性もありますが、まだ今の段階で決めつけるのは本当に時期尚早だと思います。だから医者のその言葉を真に受けて、諦めて欲しくないんです。
でも、これは医師の立場に立って考えてみれば 、そうせざるを得ないと納得できるかと思います。
医者は、毎日望んでいなくても患者が運ばれてきます。
しかも脳卒中の場合は、外来の間に緊急オペが入ったりと、時間的余裕が少ない診療科になると思います。ですから、患者やそのご家族の疑問や質問に対して、きちんとひとつひとつ説明する時間的余裕が物理的にないと考えられます。
それに希望を持たせることを言ってしまうと、「あのとき治るといったじゃないか!」と、さらに面倒なことにもなりかねないので、そこまで重症でなかったとしても、良いことは言わずに、最悪のことだけを伝えることが多いと推測されます。
ですから、はっきり言って「気にするな!」です。
最悪の事を言われても、そういうもんなんだと理解して冷静になりましょう。
ちなみに、僕が脳幹出血を発症した際の、家族への説明も全く希望の持てない説明だったようで、
「絶対に目覚めない」「絶対にベッドから起きれない」「一生、植物人間になると思っていてください」「ケースワーカーさんに施設を決めてください」
といった具合に、さんざんだったそうです。
たしかにお医者さんの言っていることは、おおよそ間違いではないと思います。なぜなら確率論で言っているからです。それに、患者の回復なんてそんなに興味ないと思います。
なぜなら、どんどんと新たに搬送されてくる患者の対応に追われているからです。とくに日本はこれまでにない超高齢化社会に突入しています。今後はますます医者の対応は手短に行われることでしょう。しかし、これが病院業界での日常なのです。
家族でもない赤の他人のことなんて、そこまで親身になってはくれません。子供・若い人に対しては多少なりとも情が入るので、まだ丁寧に対応してくれるかもしれませんが、成人や老人に対しては、そこまで構ってくれないでしょう。
僕の独断と偏見ではありますが、そんなものだと思います。あくまでも他人。仕事です。
そして、ほとんどの医者はサラリーマンです。早く帰って家族サービスをしたいと思うだろうし、自分の時間も取りたいと思うでしょう。ボランティアで海外派遣に行くような医者は極々まれな人たちです。接客業の仕事を経験すれば分かると思いますが、最初は丁寧にお客さんに対応しても、慣れてくると段々と接客に対する丁寧さ、思いやりといったものは削れていくのではないでしょうか?それと同じです。
ですから、家族の方はどんなことを言われようがあまり気にしないことです。
家族の方は「ど~ん」と構えておいてください。家族が不安そうな顔をしていては、患者はもっと不安になってしまいます。
たしかに、はじめての経験で本当に不安なことと思います。
急性期のときは、良いことを聞いたら希望をもって、悪いことは無視するぐらいでちょうど良いです。むしろ、お医者さんに一命をとりとめてもらったら、後の意識回復や機能回復は、患者家族の頑張りにバトンタッチです。
何度も言いますが、脳卒中の闘病生活は、患者と家族との二人三脚が基本です。家族の方は気持ちの面で患者のサポートをお願いしますね!
昏睡状態の患者に対して家族ができること
・意識がなくてもあなたの声は届いていました。
僕は、脳幹出血発症してしばらくの間、昏睡状態となっていました。ただ、そのような状態でも覚えていたことがありまして、それは掛け声でした。掛け声といってもただ話しかけるだけではなくて、「早く良くなってね」「ずっと待っているからね」 「お母さんが変われるものなら変わってあげたいわ」といった、本当に心配しているのよと感情を込めた掛け声です。
また名前を呼びなかがら話しかけてもらえたのが、良かったと思います。入院中に多くの患者さんと出会いましたが、みんな口を揃えて音は聞こえていたと言っています。このようにたとえ意識が無かったとしても音は届いている可能性が高いのです。
というのも、人間の機能の中でも『耳(聴力)』というのは、原始的な機能らしく、たとえ意識がなかったとしても届いている
可能性は高いとのことです。
・コロナ禍で面会が制限されている状況下では、ボイスレコーダーが有効
コロナ禍で面会が制限されている状況下でできることと言えば、ボイスレコーダーに家族の声を吹き込んで、看護師さん経由で聞かせてもらうのが良いかと思います。
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↓一般的なボイスレコーダー
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合わせて昏睡状態のときの状況を音声にしました。
ご視聴いただければ幸いです。
入院中に励みをもらったもの
コロナ禍で面会が制限されていることだと思いますが、今できる最大限のことを考えて患者を勇気づけてあげて欲しいなと思って
います。
ふと、何が勇気づけられたかと思い起こしましたら、メッセージ入りの写真と寄せ書きをもらったのが物凄く嬉しかったです。
メッセージ入りの写真は付き合っていた彼女(現在の妻)が作ってくれたもので、寄せ書きは会社のメンバーが作ってくれたものでした。ただ、もらったときは文字の読み書きが一切できない失語症を発症していたので、何を書いているのか分かりませんでしたが、ただただ気持ちが嬉しくて感謝しかなく、よし頑張ろう!と奮起した記憶があります。
毎日、この写真と寄せ書きを眺めながら闘病生活を送っていました。見るたびに勇気がもらえて頑張ることができました。
後遺症を残さないためにはリハビリしかありません
現段階でまだリハビリができる状態で無かったとしても、この話は先にしておいた方が良いと思ったので書きました。と言うのも、脳卒中による後遺症を残さないためには、リハビリしかないからです。
脳卒中を発症すると(これは脳梗塞でも脳出血でも同じですが)発症した脳の神経細胞が死滅してしまいます。脳神経細胞には、その場所に応じての機能がありますので、人によって麻痺が発生したり、言葉が喋れなくなったりします。
そして、損傷した脳神経細胞は2度と蘇ることはないとされています。ですが、唯一改善する方法がありまして、それがリハビリなのです。リハビリをすることによって、障害を改善させることができるのです。このリハビリを簡単に説明すると、同じ動作を繰り返す反復練習と言えます。繰り返し同じ動作をすることによって、強制的に他の脳神経細胞に覚えさせるのです。それによって、前と同じような事ができるようになるのです 。
ですから、何度も言いますが、脳卒中による後遺症を残したくないのであれば、リハビリをするしか方法は無いのです。
薬を飲んでも改善しませんし、ましてや放っておいては一向に改善しません。
どんなリハビリをすれば良いのか?
ほぼ毎日と言っていいほど「どんなリハビリをしたらいいですか?」といったご相談を受けますが、僕はリハビリに魔法のようなものはないと思っています。
ですから、脳卒中のリハビリ業界で有名な病院でリハビリをしないと回復しないとか、○○法のリハビリをしないから治らないんだ!と思っているのであれば、僕はそれは言い訳に過ぎないと思っています。
僕としては、正直どこのリハビリ病院で入院したとしても、同じように回復する自信はあります。というか実際にそのようにして回復してきました。
ただ、何が一番の決め手だったのかというと、それは自主練にありました。リハビリ病院に入院していた時に思ったのが、あまり回復しない人たちは、リハビリの先生の時だけリハビリをし、それ以外の時間帯は自主的なリハビリを一切せずに、ただテレビを見て過ごしている人たちでした。
僕は、肌感覚でそれだと回復することはないだとうなと思っていたので、暇があれば下記の自主練をしていました。
指のリハビリアイテム
指のリハビリとして暇があればこれを使ってグーパーグーパーしていました。
ほどよい弾力があるので良いリハビリになったと思っています。
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ベッドサイドでも足腰強化が図れる器具
脳幹出血発症してから2カ月ほど寝たきり生活だったので、足腰の筋力が完全になくなってしまいました。ですから足腰の筋力強化を真っ先に行う必要がありまして、そのときに下記のアイテムを使って良かったので紹介しておきます。
↓ベッドサイドできるリハビリグッズ
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車イス生活の時は、足の筋肉を付けるために 足だけを使って院内を移動するトレーニングをしていました。
目のリハビリにはマジカルアイ
僕は脳幹出血と脳梗塞を発症した際に、物が二重に見えてしまったり、ぼやけて見えてしまったり、視野欠損が起きてしまったりといった障害を患いました。
結果的には、眼振以外の障害はすべて治ったと思っていますが、そのときに使っていたリハビリグッズが、マジカルアイという3D 画像を見るトレーニングでした。
↓マジカルアイ
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リハビリをする上で意識しておいて欲しいたった1つのこと
リハビリの先生に教えてもらったリハビリだけでは改善しないことを、頭の中に叩き込んでください。そしてリハビリの先生にどんな自主練をすれば良いのかを聞いてください。
とは言っても、1日に何時間もする必要はありません。隙間時間のほんの数分でもいいので、気づいたら自主練をしているイメージで大丈夫です。
回復期(発症から6カ月間)を過ぎても大丈夫だという事実
リハビリ病院で必ず言われることの一つに 、脳卒中のリハビリは発症した日を起点として、だいたい6カ月間しか回復せず、それ以降は、どれだけリハビリをしても回復しないというものがあります。怖いですね。
ただ、僕としては、急性期から回復期にかけては、最悪とりあえず歩くことができる。とりあえず自分の意志で1ミリでも指が動くようになることができればOKだと思っています。
現に僕は、年々できることが増えています。
左手の痺れは年々減っていますし、右半身の温度感覚もほとんど戻ってきています。
退院してからしばらくは杖を使って歩いていましたが、その必要性もなくなり、誰から見ても健常者と変わらないくらいにまでスムーズにあることができるようになりました。
そしてもう無理だろうと諦めていた自転車にも、7年ほど時間は掛かりましたが乗れるようにまで回復し、さらにその2年後には、子供2人を乗せて保育園の送り迎えができるまで回復することができました。
確かに、回復期のように短期間にグーンと回復することはありませんでしたが、日常生活を送っていくなかで知らぬ間に回復していっているのです。
ですから、このことを覚えておいて欲しいです。
・急性期から回復期にかけてのリハビリは、とりあえず1ミリでも動かすことができるようになれば良い。
・回復期を過ぎても、年単位の長期的なスパンで考えると良くなっていく
家族の方はこのことを絶対に覚えておいてください!
そして、この病気と闘っている患者にしっかりと伝えてください。
脳卒中患者は、今までできていたことが急にできなくなることに対して、もの凄くショックを受けます。そして、果たしてこれは本当に治るのだろうか。これから不自由な生活を送ることになってしまうのだろうか。なら、いっそこのまま死んだ方がマシじゃないかなど思う場合もあるかもしれません。
そして、それが深刻化して「どうせ、リハビリなんかしても意味ないわ!」と諦めてしまうのが一番怖いところです。
ですから家族の方は、こんな事例があるんだ。普通の人でもこんな風に回復すんだ!ということを伝えてください。
過度な期待は駄目なのかもしれませんが、やはり希望を持てないと頑張れないかもしれません。
ただ、1つ確実に言えることは「希望は常に力になる!」ということです。僕は脳幹出血発症時の障害が多くて、このままどうなるんだろうと心配ばかりをしていました。
僕はこの病気を経験してから特に強く思うこととして、病気は「病は気から」なんだということを改めてじっかんしました。
状態を良くも悪くもさせるのは「気持ち」次第です!
家族の人も後悔しないために
脳卒中は、命を取り留めるのは、ドクターの責務ですが、そこからの機能回復は、患者と家族の二人三脚で乗り越えていくものだと考えています。
僕の親戚の叔父さんは、僕が脳幹出血を発症する5年ほど前に脳出血を発症し、左半身麻痺が後遺症として残ってしまいました。
ただ叔父さんは「リハビリなんかしても無駄だ!」と、リバビリを積極的にやらなかったそうです。叔母さんもそこまで強く「リハビリしよう」とは言わず、本人の意思を尊重したと言っていました。
結果的には左半身の麻痺はひとつも改善することなく、重たい後遺症を抱えるようになりました。叔父さんはベッドから起き上が
ることすらできずに介護が必要な状態となりました。叔母さんはそれでも一言も苦言を言うことなく介護をしていました。
その後、叔父さんは大腸がんを患うことになり、それから五年後に亡くなってしまいました。
伯父さんが死ぬ間際に「子供二人を独立させ、これから旅行にでも行って人生を満喫したかったのに!ちくしょう!!」そう言い
残し帰らぬ人となりました。たまらなく胸が痛かなりました。
叔父さんの葬儀の場で叔母さんが僕にぼそっと
「脳出血破傷した時にもっとリバビリをさせておいたら良かった。もっとリバビリをさせておいたら、信也みたいに回復したかも知れない」
あの時無理にでもリハビリをさせなかった自分を後悔していると言っていました。
もしかすると、叔父さんのようにリバビリを拒否する人がいるかもしれません。けれども、脳卒中を発症して命をとりとめたら、やっぱりやれるだけリバビリをして身体を元に戻さないといけないと思います。
患者本人はもちろん、患者をサポートする方も後悔しないように、「あのときもっとやっていれば」と後悔しないように、最初から無理だと投げ出さずにリハビリをして欲しいと思います。
なぜ、病院は転院を迫ってくるのでしょうか?
僕は脳幹出血と脳梗塞の2つの脳の病気を経験してから、お医者さんの仕事は、急性期病院の存在意義は、一命を取り留めることにあると思います。
そのため、一命を取り留め、容体が安定してきたら、施設や老健施設、リハビリ病院への転院の話がでてきます。人によっては、何か追い出されているように感じることがあると思います。
でも、これは病院経営から考えても、次の脳卒中患者を救うためにも仕方がないことだと思っていますし、結局は患者のためになると思っています。病院といえど利益を出さなければ、病院経営はできませんし、これから運ばれてくる脳卒中患者に良質な医療を提供することはできないのです。
「病院が利益を考えるなんておかしい!!」と思う人もいるかもしれませんが、ちょっと待ってください。利益を出していかないとドクターや看護師さんといった医療従事者に対して給料を渡すことができませんし、昇給させることもできなくなります。当然医療従事者のやる気も下がってきます。これでは良い医療を届けることも難しくなるでしょう。
また、利益がでなければ最新の医療機器を買うこともできませんし、新たに病院を作ることができなくなるでしょう。ですから、病院と言えども利益主義に走らないと存続できないし、より良いサービスを提供することができなくなります。
・転院は悪いことではありません!
どんな業種でも1分野に特化している組織というのは強いものですし、よいサービスを受けることができます。リハビリに関して言いますと、急性期病院でもリハビリ師がいるとは思いますが、私の実感としては、容体が安定してきたら、リハビリ専門の病医でリハビリをする方が、回復しやすいと思っております。
なぜなら、さまざまなノウハウを保有しているからです。実際に私もリハビリ病院に転院してからぐーんっと回復しました。
「餅は餅屋」なんだと思います。
最後に
最後に、僕自身の経験からぜひ皆さんにも知っておいて欲しいとがあります。それは「大きな病気やケガをすることは必ずしも患者にとっても、患者を支えるご家族にとっても人生のマイナスにならない」ということです。
僕自身、2度の大病を経験したことで、今振り返ってみると人間として一皮も二皮も剥けたと思っています。他人にも親切になれました。街中で困っている人を見ると放っておけなくなりました。
もちろん、以前にもまして家族や友人にも優しくなれました。無用な人間関係のトラブルにも巻きこまれることもなくなりました。信頼できる多くの人たちに囲まれ、笑顔で過ごせることも多くなりましたし、一日を感謝の気持ちで過ごせるようになりました。
仕事で無理難題を要求されることももちろんあります。そんなときでも「あの大病を克服できたのだから 」と、自信をもって踏ん張ることもできるようになったのです。
『人生山あり谷あり』とはよく言ったもので、長い人生生きているなかで幸せなときもあれば辛く苦しいときもあります。
脳幹出血・脳梗塞を発症したときは、まさに人生のどん底に突き落とされたようにお先真っ暗な気持ちになりました。
でも考えを変えて「人生はクリア型のゲームだ」と思って、困難に直面したときこそ、諦めたくなったり逃げ出したくなったときこそ、歯を食いしばって乗り越えれば、その先にはきっと成長した自分がいます。僕は今回の経験で、一回りも二回りも大きくなれたと思っています。
「神は乗り越えられない試練は与えない」と言うのは本当です。
そしてどん底であればあるほど、他の人が体験したことがない位のどん底であればあるほど、それを乗り越えた暁には大きな成長が待っているのです。
僕はこの病気をしたことに感謝しています。
あきらめずに、強い気持ちをもって生き抜いてください。
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